純情 (薔薇注意)



「もしかして、本気にしてませんか、先輩」
「まさか、そんなわけねーだろ。アホか」

 カチッとライターに火を点けて、最近随分値上がりしてしまったそれをくわえた。「先輩、不良ー」「お前が言うなよ」「別に、俺は外面良好ですからね」……そうだな、外面、は。

 ざけんなこの悪魔畜生め、なんてこの男に言えるほど俺の今までが全うではなかった。きっと同じようなものだから。沢山俺が捨てたものと同じ。捨てられる玩具側にされて、今更文句など、言えた義理もない。
 別にこんなこと、どうだって良い筈なのだ。利害があまり一致していないことだけが不満で、それ以外何もない。ただの暇潰し、何もない関係なのだから。

 今は隣でへらへらと笑っているそいつ、先程まで俺の上に乗っていやがった糞野郎に、思い切り煙草の煙を浴びせた。八つ当たりかもしれないし、正当な反論に代わるかもしれない。
 床に擦れていた肩と背中が痛かったから。せめて布一枚敷く程度の気遣いが出来れば、こんなにも溺れたりしないのに。

「うわっ、ばか、俺が早死にしたらどーするんです」
「……別に。俺が清々するだけだろ」

 お前さえいなくなれば、身体中に残されるばかりの跡がなくなって、左手首の包帯も要らなくなる。へんな理由で体育を見学することも、夜中に夢見が悪くて飛び起きることも、なくなるじゃないか。お前が居なければ、そうだ、居なければ。こんなに苦しいこと。

「やっだなぁ、先輩は。そこらの女よか扱い辛くてマジだるい」

 そんなことを言うくらいなら、捨てて、殺してくれたら。そう言いだしたいのに、脳と喉と舌とその他がうまくいく繋がら、ない。
「ねぇ、そんなに痛かった?」
 そしたら泣いてよ、先輩。くすくす笑って、俺の口元から煙草をそっと取り上げる。柔らかな仕草で、短くなっていたそれを揉み消す。
 てんで俺なんて必要ではないくせに、その目、なんて心臓に刺さる目をするのだろうか。逃がしてはくれない、麻薬みたいな生き物。
 するすると近づかれたら、もう終わり。身体中がばかになって、動けない。感覚だけが研ぎ澄まされて、世界がぐんと押し寄せてくる。

 口付け、られた。拒否はしない、受け入れられもしない。いつも無遠慮なくせに、そうっと触れる舌に心臓がいやになるぐらいうるさくなるのも、何もかもに、知らない振りをしたい。

「先輩、好きですよ」

 溶け合いたくなる程近い距離の中で、しかしお互いに皮膚を有したまま。こいつの髪から、また、昨日とも一昨日とも違う女の匂いがして、思わず泣きそうになるのなんて、こいつは、一生知らなくていい。


(それだけが、唯一残された純情です)




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