(※所々グロテスク表現等、不快な表現有)



 ぱぁん、と、彼女の頭を鉛玉だかなんだかよく分からないけど高速の硬いそいつが、撃ち抜いた。赤。死んだ。その瞬間、僕の中でソレは肉塊となって認識される。強度と、耐久性と、重さと弾力と、つまるところはそいつが今この場に於いて如何程使えるだろうかという思考。
 倒れかけた身体を、襟首を引っ掴んで僕に引き寄せた。何度も心の何処かで描いたことの有った抱き寄せ方とは違う、乱暴な、ともすれば破壊的な行動。首が、ごきりと鳴った気がした。もう、それも意味がない。
 そのままに引き寄せた塊は倒れこんできて、僕は、ぐったりと重たい生温い壁の下に潜った。ぬるりと温かい液体が滴る、生臭いそれ。液体は丁度、僕の頭から肩にかけての所をぐしょぐしょに濡らした。

 ずだだだだだ、と鳴り響く機関銃をやり過ごす。だだだだだだ、良い速度で肉が削られている、だだだだだだ、だだだ、一体この肉の塊はどれだけ保ってくれるだろうか、だだだ、だだだ、途切れだした弾に安堵しながら、だだ、だ、たたん。たん。僕は彼女が彼女だった頃に握り締めていた彼女に似合わない銃に手を伸ばした。機関銃。

 さて。冷静になれ。
 ――反撃、


 ――、――。

 反撃、なんて名前を付ける程のこともない位に、あっさりと終わった。殲滅の指令に従った後、外れの倉庫街に集合している最中のことだ。見逃していたらしい生き残りの、自爆に近い最後の攻撃だった。
 たった数人の生き残りだった。僕が二つ、誰かと誰かが一つずつ撃ったら、おしまいの奇襲攻撃。だけれど、油断なるものじゃない。命を懸けて来るもの程、性質の悪いものもないのだ。向こうは何も怖くないものだから、此方の一瞬の緩みや恐怖が命取りになる。

 僕は、改めて周りを見回した。夜中のことであったから、辺りは深い闇で良くものが見えない。
 随分前から放っておかれっぱなしなのだろう死体の山と、その脇に積まれた先程機関銃パーティーを開いてくれやがった抵抗派の死体。これらは報告書に書かれることすらないまま、また、誰も骨を拾いにさえ来ないまま、朽ち果てて無くなるのだと思う。

「ええ、はい、こっちのは大体生き残って……は? 人数? 悪いんですけど、元々何人居たのかも……」

 誰かが残っていた無線機で何とか連絡を取っているらしい。何処か喋り方がウザったい。耳障りだなあと明ら様に舌打ちをしてやれば、不快感は伝染するものなのか、また他の誰かも舌打ちをした。
 ざぁ、ざざー、ノイズが酷い。向こうの声は殆ど聞き取れず、此方側の怒鳴る声ばかりが響いた。ちりっと燃える憎悪。殺してやろうか。この手にあるリヴォルバーで撃ち抜いて、そうしたら誰が僕を殺す? ねえ、あんたは僕を殺すと言ったのに。

 苛立ちで掻き上げた髪の毛が、凝固した血液でばきばきとか、ごわごわとか、した。その慣れた匂いに、思わず、ぐちゃぐちゃの彼女だった何か――おそらく大半は蛋白質であろう物体――を、眺める。

 原型は辛うじて留めていたものの、なかなか見事に破壊的芸術を施されていた。幸いなのか、遠目では表情何てディテールはわからないくらいに、酷く、壊れてしまっていた。これ位になってくれていて良かったのかもしれない。こうなってしまえば、それは彼女と言うよりは見慣れた肉塊だったから。

「ノネム、すげえ血。死ぬの?」

 ふい、と、彼女から目を逸らしたら目が合った。そいつ――シアンという少年……、正規の番号は9946、だったかな――は、僕の顔を見るなりげらげらと笑った。真っ暗に近いこの場所でも、目が慣れればそこそこなコミュニケーションがとれるものだ。
 ひっでえ顔。そう言いながら、まだそいつは笑っている。わかってるよ、まるで頭から血を流したような風貌になっていることくらい、自分が一番分かっているに決まっているじゃないか。

「僕の血じゃない」

 辛うじて口から出した言葉は、陳腐で下らない事実だった。
 その言葉の後、僕を見て笑いまくっていた少年は、考え直したように嗚呼と頷いた。先までの笑いを一体彼はどのように何処か余所に遣ってしまうのか。まだ無線機に向けて騒ぎ立てている声をBGMに、僕と彼の隙間に嫌な風ができてしまう。

「彼女、死んだよ」

 傍らに置いたままの穴だらけになってしまった彼女の表面を、視線だけで何度もなぞりながら、僕は懐古する。
 シアンはそんな僕の姿をただ眺めているだけだった。決して彼女に触れようとも彼女の死を悼もうともしなかった。それは至極当然のことで、この環境下ではシアンの感覚は何ら問題がなくて。そんなことは分かっているのに、そんなシアンに、苛々した。

(ふぅん、ノネムっていうの、君)
(違う、名無しだから、ノー・ネーム。正式番号は0025だよ、……なあ、話、聞いてる?)
(でも、それじゃあ呼べないでしょう。だから君はノネム。違うの?)
(違う、僕の番号、は)
(私は君をノネムと呼ぶ以外知らないよ)
(66492、あんたは、)
(私は、リル。そう呼んでね、ノネム)
(は、ぁ!?)

 自己中心的で困った少女だった。夢見がちな女の子だった。僕に毎日話し掛けた。馬鹿馬鹿しい話ばかりしていた。下らない話なのに、いつも真剣だった。真っ黒の肩にかかる程度の髪をポニーテールにしていた。誰かに貰ったらしいサテン地のリボンを飾りに留めていた。女の子要素は必要でしょって、言った。別にいらないんじゃないのと言った僕に猛反論した。よく笑って、怒って、また笑った。僕に沢山好きだと言った。たまに、泣いた。その目が綺麗だった。

 彼女の、はにかむような笑い方が好きだった。

「ノネム」
「何か」
「お前、どうしたよ」

 かちゃん、懐にいつも持っているリヴォルバーを構えた。違うな、意識外の行動だった。気付いたら構えていた。銃口は真っ直ぐにシアンを捕らえていた。
 彼は冷えた目で此方を睨んでいる。嫌な目だと思った。彼女が最期に見た僕も、同じ目をしていたのだろうと思った。

 シアンが、片手を自分のポケット――恐らくは彼の気に入りであるオートマチックの入っているポケット――に持って行く。だが、そいつを構えようとはしなかった。
 そんなことは無駄だから。シアンは無駄なことはしないと決めていた。何より有益が好きだった。撃たないと、確信されている。

「そんな顔しても、無駄だよノネム」

 シアンは笑った。嘲笑った。嘗めるなよ。喉の奥、胃よりも上辺りに膿が溜まる感覚。そいつを弾き飛ばして、破裂させてしまいたい衝動に駆られ、指に力を込め掛けた――瞬間。

 シアンは思い切り、それはそれは思い切り僕の手首を弾いた。嘗めるなよ。シアンの目はそう言った。
 撃たないと言う確信ではなかった、撃たれないという確証だったのか。侮辱されたと思うのも忌々しい。

 余りに鋭すぎる痛みは、認知に少し時間が掛かる。一瞬の間を持って手首から全身に抜ける痛み。軽くはない金属の塊がコンクリートに叩きつけられる音。気付けば騒がしい無線の音は止んでいて、何事かと暗い中で目を凝らし此方を伺う視線を感じた。

「つか、まだリヴォルバーかよ。オートマは?」

 こないだ、また支給あったろう。的を外したような言葉を言いながら、シアンは何事も無かったかのように振る舞った。集まっていた視線の分散。少しして、何やら指示らしきものを通す誰かの声がした。
 シアンはその声に答えて、此方に一瞥もくれないまま立ち去った。ほぼ黒に溶けるような焦茶の髪が、少し揺れる。

 僕は、とにかく弾き飛ばされたリヴォルバーを拾おうと周りを見た。皮肉にも、いや、もしかシアンの狙いだったのか、リヴォルバーは彼女だったものの顔だっただろう場所の真横に落ちていた。

 ――違う。其処は間違いなく顔だった。近くに寄って初めて、気付く。彼女の、印象的な黒色をした瞳が片方だけ残っていた。
 それは僕の知る彼女のほんの一部だったけれど、それだけで彼女だと分かる程度に残ってしまっていた。ここに来て初めて、吐き気と言うものに出会う。もう何も映さない虚ろな瞳が、僕のリヴォルバーを見つめていた。

「リル、何で死んだの」

 問い掛けは無意味だっただろうし下手をすればシアンに聞かれ兼ねなかったのに、僕の口はそのままに言葉を紡いだ。
 幸い、周りには誰もいなかった。それどころか指示に従って、次々と人は居なくなっていく。二桁ナンバー持ちなんて面倒な相手は遠巻きにするに限る、という慣習に感謝した。余計な干渉をされたら、今の僕は発狂するような気がしていた。
 元々死ぬはずだった彼女が此処まで生きたのがそもそもの間違いだった。そう思うことは簡単で、しかしそれは理解とも納得とも掛け離れた場所の出来事でしかなかったから。

 僕は彼女の隣にある銃を拾い上げる。回転式拳銃。リヴォルバー。それは何故だか酷く重たくて、いつも僕の手の中にあったそいつとはまるで別の物のように冷たくなっていた。少し遠くから、行くぞ、と声が掛かって、僕は何らかの返事をする。

(何で死んだ、だって。完膚なきまでに破壊させたのは誰だ)
(彼女の最後は、最悪だった)
(生きて、この世界の終わりを見てやるのだと言ったのは彼女だ)
(僕はまだ生きている)

 嗚呼、これで別れなのだと今更に思った。死んだ彼女を使った僕が、一体何を言うというのか。馬鹿みたいだ。瞬間で彼女を物と認知したのは誰だった? 笑えるくらいに底辺な僕がいる。倫理のズレがあるかもしれない。彼女がこんなにもぐしゃぐしゃなのは一体誰の所為だ? なぁ、答えろよ、0025、名無しの癖に。

 彼女の身体を持って帰るほど僕の趣味は悪くないし、誰かを敵に回す気はなかった。彼女を此処に置いて行くことには何の疑問も、なかった。
 だって、こんな重たい肉塊は、無駄だ。シアンならそう言うし、僕だってそう考える。リルが居れば、彼女もそう考えるだろう。

 ノネム、ともう一度呼ぶ声がした。少し急いた、シアンのあまり低くない呼び声。今、行く。小さく答えてから、一瞬の迷いもなく僕は彼女の瞳に手を伸ばした。

 ずるりと、生々しい手触り。嫌悪すべき感触が僕の指先を襲う。
 無意識だったのか、有意識だったのか、それすら分からない位に自然な気持ちで僕は彼女の物だった眼球を欲した。眼孔の真横の深い傷が助けたのか、その眼球は余りに容易く落っこちた。瞳は矢張り黒かった。

 まだ滑り気の残る少し冷えた球体をそっとポケットに突っ込んで、それから、彼女の気に入りだったリボンを、彼女の髪の毛の間から引き抜いた。僕の髪の毛くらいどろどろになっていたが、持って帰れない程じゃない。

 少し離れた所から、迎えの機体の音がした。シアンは先に行ったらしい。今、此処で呼吸しているのは僕一人だ。僕は彼女だった肉塊に振り向かないで歩き出す。
 このリボンと、この眼球と、それだけあれば構わなかった。彼女は、彼女は此処にいる。


(なぜあの時、感情を投げた?)(なぜあの時、感傷を殺した?)(なぜあの時、感覚を捨てた?)

(なぜ、彼女が死んだ)
(なぜ、僕は生きてる)



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