手紙
(端の辺りが茶色く染みてシワの寄った手紙が何通も重ねて置いてある)
(宛先も差出人も無い、簡易なクラフト紙の手紙だ。隣にライターがあった)


 おはようございます。朝一番にこいつが見付かるようにテーブルの真ん中に置いとこうと思うんですけど、貴方のことだからこれにコーヒー溢してから気付いたりしていそうですね。
 そうそう、毎朝言ってますけど、コーヒーに角砂糖4つは多いですから取り敢えず3つに減らしましょう。このまんまじゃあ、血液が砂糖水になっちゃいますよ。

 ……さて。前置きが長くなりました。ここからが本題です。

 俺、少しの間、家出をします。
 なんの反抗期だよ、とか言ってこの時点で手紙を丸めたりしないでください。貴方ならやりかねない。ほら、ぐしゃっと握り締めた手のひらを開いて、ちゃんと読んで。これ、家出宣言ですからね。

 でも、ちょっとの間なのですよ、ほんのちょっと。貴方が死ぬよりすこし長いくらいのもんです。それに此処には多分、代わりの俺を置いて行きますから、ご安心を。
 毎朝貴方を叩き起こしたり、掃除をしたり、資料をまとめる手伝いをしたり、しますからね。仕事しなくてもよくなるや、なんて、適当に文字をなぞらないでくれます?

 貴方の好みの紅茶を出すにはまた少し時間がかかるだろうけれど、今俺が出して居る紅茶に貴方が満足しているなら、そこまでは掛からないと思います。一応、俺は俺のはずだから。
 毎回吸収のスピードだけは上がってるのね、と、貴方も言っていましたし。あの言葉の意味が最近になって分かりました。

 そう言えば、この間勝手に貴方の部屋の文献を読ませて貰いましたけど、そういう身体が覚える行動の記憶は動作記憶って言うんですよね。たとい、長期記憶の領域に不具合があっても、短期記憶や動作記憶は残ることもあるのだそうですね。俺のこれは、そういうこと、なのかな。

 これが何回目のことなのか、曖昧でよく分からないのが現状です。貴方は俺にこの話を殆どしないから、どういう按配でこうなっているのか俺にはイマイチよく分かっていません。
 だけど、たぶんそろそろ来ると思うんですよね。あれ。予感っていうか。ちかちかするから分かるんですよ。記憶がいっぱいになって決壊する、予兆っていうのでしょうか。前のことは覚えていないのに不思議な話ですけど。容量、いっぱいだなあって。氾濫したら最後、覆水盆に還らず。だけれど選択的忘却なんて俺には出来ませんから、甘んじて受け入れるより他無いの、ですね。

 ちなみに、今日は別に普通に帰ってきます。そのつもりです。ちょっと出掛けているだけです。もしかしたら出先で俺は家出することになるかもしれないので、そしたら一応捜索願とか出してください。俺、此処に帰ってくるつもりはあるんで。
 貴方には迷惑なのかもしれないけれど、俺には、此処以外に行く宛てもないですから。ただ、次の俺に道のりの記憶が残っている可能性は0でしょう。ですから、是非、拾ってやって下さい。

 今の俺は、海が見たいような気がしてきたので、行ってきます。今回の俺にはもう、時間があまり残ってないみたいです。なので、始発で出かけますから、そろそろ。
 もしかしたら、一個前の俺も、こんな風に海に行くとか言う頭の悪い行動に出たのでしょうか。だとしたら、すごく格好付かないですね。俺は何も変わっていないことになる。貴方は変わっているのでしょうに。

 便箋も残りがあまりまりません。最後にもう一つだけ、俺からのお願いを書きたいと思います。

 俺のことを覚えていろ何て言いません。俺が忘れちゃいますし、フェアじゃない。
 ただ、この手紙だけはなくさないでとっといて欲しいんです。机の端のへんにでも置いておいてください。何枚か重ねておいてあった、あの汚い手紙とかと一緒にでもして。
 それで、出来るなら死ぬ前に燃やして、一緒に持って行って下さい。俺はきっと、どこにも残らないし、死ぬこともない。俺の身体が一体いつから生きていつ死ぬのか知らないけれど、俺は残りません。だから、貴方の死んだ日が俺の命日になるように。
 厚かましいとは思いますが、よろしくお願いします。

 貴方の好きだと言ったシーグラスを、土産に出来ると良いです。あとは貝殻とか。では、行ってきます。



plan:fish ear
「あなたへ」




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